「他の趣味(ボードゲーム)を行う中で、クイズを『コミュニケーション手段として』使う」という事例の第2回です。
#今日のTBQ」というハッシュタグで、一日1問ボードゲームについての出題中にバンちゃん」さんに引き続き話を伺いました。

――問題を作る上で、心掛けていることはありますでしょうか?

先に上げましたように、私は「クイズは人と人とのコミュニケーションツールのひとつ」と捉えています。有り体に話すと、問題作成時には相手の「?」をできうる限りくすぐるような文言を仕掛けています。

たとえば、「日本で一番高い山は?」と端的に問題にして、「正解は富士山です」といったやりとりをしたとしても、それは単語テストの一問一答のようなもので、個人的にはクイズというより、「解けない人間を払いのける試験問題」に近い印象を受けるのです。相手の「?」を刺激するためには、問題文に数多くの、ある意味「雑多」とも呼べる情報を散りばめる必要があると考えます。

「古くは『竹取物語』の中で、おじいさんがかぐや姫から受け取った不老長寿の薬を山頂に撒きに行ったという逸話から、作品中では(不可能の不に死の山と書いて)『不死の山と呼ばれたそうな』と記述されている、現在日本で一番高い山は何?」

おそらく、こうした「一見すると回りくどい文面」は、調査、前提、多方面からの視点などなど、数多くの情報量を必要とするため、問題作成は多大な時間を要します。事実、私が制作中の『Board Game Quiz』に関しても、1問あたりの作成に、早くとも30分、詰まったときは2時間や3時間も当たり前に過ぎていきます。そして、できあがった貴重な1問が、翌日見返すと、そう大した出来でもないのでボツとなることなどザラにあります。そんな試行錯誤を繰り返しながら、読みやすく、面白い、どなたでも楽しめる問題文を磨き上げる努力を心掛けているつもりです。

試行錯誤を重ねながら問題を作成中。

 

――小冊子『Board Game Quiz』も出版されていますが、「作ってみて大変だったこと」「読者の反応」など、印象的なことがありましたら教えてください。

前々回の小冊子は、比較的難易度を抑えた「上巻」と、さらなる知識が求められる「下巻」に分冊しました。多くの方が2冊とも手にとってくださり、大変ありがたかったことと、どちらかを比較すれば、やはり「上巻」の反応が大変良かったことが印象的でした。

小冊子には、ボードゲームに関する知識を拡大させ、かつ将棋や囲碁、トランプといった伝統遊戯、さらにはじゃんけんや、果ては少しでも「サイコロ」と名の付くものは全て問題に採用しました。

そのため、「ボードゲームに興味はあるけれど手に取りにくい」といった方に対し、積極的なアプローチを図ることに成功できた反面、本当にボードゲームに関する知識だけを必要とされる方にとっては、少々物足りなさを感じるのではないか……といった不安もありました。

結果として、身近な場面で各種のボードゲームに関する問題が登場することに対し、多くの好意的な反応が寄せられました。「ボードゲームに関する勉強」というより、「ボードゲームカフェの待ち合いの時間つぶし」に、気軽に手に取ってくださる方がいらっしゃったことがうれしかったです。

――また、ブースで「スーパーピンポンブー」を使用しての早押し体験をされていますが、このときの反応はいかがだったでしょうか?

初めての方の反応がとても良いことが大変印象的でした。「ボタンを押す」「正解のピンポン音が鳴る」「そこに何らかの脳内に刺激が入る」……この成功体験は、クイズに限らず、誰もが潜在意識下に持ち得るものと認識した瞬間でした。

たとえ学校のテストであっても、何かしら無理に理由を付けた回答に○が付いていると、実力で勝ち得た点数でなくともうれしく感じるものです。では“クイズ”、ことさらひとつのジャンルに特出した“カルトクイズ”に関し、どの辺りでその体験をなし得るべきなのか。これまで、一般のクイズを自分なりに体験し、それらの快感を得るためのカギは、誰よりも早く正解できた優越感が成功の証ではないかと考えてきました。

しかしながら、人は肯定を是とするものと考えます。自分の中の意見が、たとえ一般的に見て平凡であろうとも、「正解」の判を押されると幸せを感じるもの、安心感を得るもの、それらがやがて快感へと変化するものではないか……と、次第にそう考えるようになりました。脳に関する知識は不勉強ですが、「これで良かったのか?」といったぼんやりした不安が、「脳内の断片的な知識が脳内でひとつにまとまった」ことで得られる刺激ではないかと考えるのです。

「厳しく判定するのではなく許容量を広げどんどん正解を与えてあげる」そして「それらを多く出題に絡ませること」に注目すると、多くの人を呼び込むことができる……ということが認識でき、それらをもとに出題方式や採点方法、言葉づかいなどをはじめから見直した結果、さらに多くの方を呼び込むことができるようになりました。

また、単に問題文を上からなぞるだけでは集客性に乏しいと感じました。やはり問題を出題する相手によって数多くの問題をTPOで使い分ける能力、そして自分の中で努力を重ね、「司会の問題読みの能力を重ねること」「発声から読む速度」「腹式呼吸」といったささいな技術の積み重ねが、ひいては直接相手に届く……といった奥深さを学びました。

次回も引き続きばんちゃんさんに話を伺います!

【文責:神野芳治】

https://quiz-schedule.info/quizdo/wp-content/uploads/2018/10/883d030afb471db9baf128cb9cdbe0f5-768x1024.jpghttps://quiz-schedule.info/quizdo/wp-content/uploads/2018/10/883d030afb471db9baf128cb9cdbe0f5-150x150.jpgquizdo“やる”クイズリポート問題掲載サイト問題その他リポート「他の趣味(ボードゲーム)を行う中で、クイズを『コミュニケーション手段として』使う」という事例の第2回です。 「#今日のTBQ」というハッシュタグで、一日1問ボードゲームについての出題中に「バンちゃん」さんに引き続き話を伺いました。 ――問題を作る上で、心掛けていることはありますでしょうか? 先に上げましたように、私は「クイズは人と人とのコミュニケーションツールのひとつ」と捉えています。有り体に話すと、問題作成時には相手の「?」をできうる限りくすぐるような文言を仕掛けています。 たとえば、「日本で一番高い山は?」と端的に問題にして、「正解は富士山です」といったやりとりをしたとしても、それは単語テストの一問一答のようなもので、個人的にはクイズというより、「解けない人間を払いのける試験問題」に近い印象を受けるのです。相手の「?」を刺激するためには、問題文に数多くの、ある意味「雑多」とも呼べる情報を散りばめる必要があると考えます。 「古くは『竹取物語』の中で、おじいさんがかぐや姫から受け取った不老長寿の薬を山頂に撒きに行ったという逸話から、作品中では(不可能の不に死の山と書いて)『不死の山と呼ばれたそうな』と記述されている、現在日本で一番高い山は何?」 おそらく、こうした「一見すると回りくどい文面」は、調査、前提、多方面からの視点などなど、数多くの情報量を必要とするため、問題作成は多大な時間を要します。事実、私が制作中の『Board Game Quiz』に関しても、1問あたりの作成に、早くとも30分、詰まったときは2時間や3時間も当たり前に過ぎていきます。そして、できあがった貴重な1問が、翌日見返すと、そう大した出来でもないのでボツとなることなどザラにあります。そんな試行錯誤を繰り返しながら、読みやすく、面白い、どなたでも楽しめる問題文を磨き上げる努力を心掛けているつもりです。   ――小冊子『Board Game Quiz』も出版されていますが、「作ってみて大変だったこと」「読者の反応」など、印象的なことがありましたら教えてください。 前々回の小冊子は、比較的難易度を抑えた「上巻」と、さらなる知識が求められる「下巻」に分冊しました。多くの方が2冊とも手にとってくださり、大変ありがたかったことと、どちらかを比較すれば、やはり「上巻」の反応が大変良かったことが印象的でした。 小冊子には、ボードゲームに関する知識を拡大させ、かつ将棋や囲碁、トランプといった伝統遊戯、さらにはじゃんけんや、果ては少しでも「サイコロ」と名の付くものは全て問題に採用しました。 そのため、「ボードゲームに興味はあるけれど手に取りにくい」といった方に対し、積極的なアプローチを図ることに成功できた反面、本当にボードゲームに関する知識だけを必要とされる方にとっては、少々物足りなさを感じるのではないか……といった不安もありました。 結果として、身近な場面で各種のボードゲームに関する問題が登場することに対し、多くの好意的な反応が寄せられました。「ボードゲームに関する勉強」というより、「ボードゲームカフェの待ち合いの時間つぶし」に、気軽に手に取ってくださる方がいらっしゃったことがうれしかったです。 ――また、ブースで「スーパーピンポンブー」を使用しての早押し体験をされていますが、このときの反応はいかがだったでしょうか? 初めての方の反応がとても良いことが大変印象的でした。「ボタンを押す」「正解のピンポン音が鳴る」「そこに何らかの脳内に刺激が入る」……この成功体験は、クイズに限らず、誰もが潜在意識下に持ち得るものと認識した瞬間でした。 たとえ学校のテストであっても、何かしら無理に理由を付けた回答に○が付いていると、実力で勝ち得た点数でなくともうれしく感じるものです。では“クイズ”、ことさらひとつのジャンルに特出した“カルトクイズ”に関し、どの辺りでその体験をなし得るべきなのか。これまで、一般のクイズを自分なりに体験し、それらの快感を得るためのカギは、誰よりも早く正解できた優越感が成功の証ではないかと考えてきました。 しかしながら、人は肯定を是とするものと考えます。自分の中の意見が、たとえ一般的に見て平凡であろうとも、「正解」の判を押されると幸せを感じるもの、安心感を得るもの、それらがやがて快感へと変化するものではないか……と、次第にそう考えるようになりました。脳に関する知識は不勉強ですが、「これで良かったのか?」といったぼんやりした不安が、「脳内の断片的な知識が脳内でひとつにまとまった」ことで得られる刺激ではないかと考えるのです。 「厳しく判定するのではなく許容量を広げどんどん正解を与えてあげる」そして「それらを多く出題に絡ませること」に注目すると、多くの人を呼び込むことができる……ということが認識でき、それらをもとに出題方式や採点方法、言葉づかいなどをはじめから見直した結果、さらに多くの方を呼び込むことができるようになりました。 また、単に問題文を上からなぞるだけでは集客性に乏しいと感じました。やはり問題を出題する相手によって数多くの問題をTPOで使い分ける能力、そして自分の中で努力を重ね、「司会の問題読みの能力を重ねること」「発声から読む速度」「腹式呼吸」といったささいな技術の積み重ねが、ひいては直接相手に届く……といった奥深さを学びました。 次回も引き続きばんちゃんさんに話を伺います! 【文責:神野芳治】クイズに興味を持った方・初心者の方からベテランまで! ”やる”クイズ支援サイト